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おはよう、白い朝。

今日は一番下の息子を保育所に預けて仕事しようと思ったのに、息子発熱!昨日の夜もぐずぐずして寝られず、眠い朝です。

 

子どもとの暮らしはストレスフルで…した。

思い通りいかないことばかりで。

過去形なのは、今はそうでもないからです。

でもストレスフルな時から、想像以上の楽しいこと、嬉しいことにも溢れています。だから差し引き大幅にプラスだったのでは有りますが。

 

それに子育てに関しては、こんなに感情を揺さぶられること、他になかなかないよなあ、とも思います。

 

心配は要らない、

と分かっていても、子どものこととなると妙に心配してみたり。

 

子どもといて、ストレスフルになること。

 

それはつまり、自分の中の眠っていた恐怖が顔を出すのです。

ただひたすら、お母さんに認めて欲しかった小さな小さな私が…

 

 

 

子育てが苦手と、思っていました。

 

子どもと向き合う

 

つまり自分と向き合うことが。

 

それが、

 

自分のことが好きになってきて

自分のことが信じられるようになってきて

 

親に対しても、

この両親を選んで生まれて本当に良かったと思えて

認めてもらえなかったと思っていた母親にも産んでもらえただけでラッキー!!と思えて。

 

 

 

そしたら

子どもたちに腹が立つことも、ぜーんぜん

なくなってきました。

 

フラットな目で

ただただ可愛いなあと、思えるようになってきました。

 

それが良いのかどうかという話ではなく。事実として。

 

 

 

 

おそらくは離婚して離れることになる3人の子どもたち。

 

その日まで(あと何年かな)、どんなふうに関わってゆこう。

 

でも離れても、ずっと心のサポーターでいることに変わりはないのだけどね。

 

さて、どんな関係を築いてゆけるかな

 

 

楽しみ、たのしみ。

 

きらきら。

またも、呟き。

 

 

 

私はすこし、頭がおかしいのかなとも、おもう。

 

子どもたちは可愛くて愛しくて

夫も優しくて

素敵で快適なお家に住んで。

 

なのに、離婚して子どもたちと離れて暮らしたいと思うなんて。

 

 

振り返って10年程前、

 

結婚する時、離婚したいなーとうっすらと思っていた

「結婚なんてさ、バンド結成みたいなものでしょ。だめだったら解散すれば良いよ〜」

と言っていたのは、結婚をしぶる(笑)彼への言葉と同時に、自分にも言っていたのだ。

 

 

や、そもそもが。

 

高校生くらいから、離婚に憧れていたのだ。(笑)

 

 

だって私が心から「素敵♡いつかこんな人になりたい!」思えるような大人の女の人は、みんな離婚経験者だったから。

 

 

離婚は、大変。

 

思ったよりも、本当に大変…。

 

家族のこと好きだし、居心地良いなら、なおのこと。

 

 

 

でもね、私の性質として、未来が流れ込んできてしまうのだよー

流れ込んできた新たな人生にワクワクすることを押さえきれないのだよー

 

 

もちろん、悲しい思いも辛い思いもすること確定なのに。

 

 

まあ、しばらくは、ほっておこうっと。

 

 

私のことだから、しばらくってどの位か分からないけれど。(笑)

 

私が本当に子どもたちに伝えたいこと。

 

 

いかなる理由と困難があろうと

 

自分の魂が求めることを

 

諦めなくても良いのだよ。

 

 

 

 

魂が求める道に進むこと

 

それが、愛の道だってこと。

 

 

 

自分の背中で、示してゆきたい。

抵抗を手放す?

 

友人が教えてくれた

 

エイブラハムの瞑想音源

 

抵抗を手放し、許容可能な状態にしておくこと

 

それが本来の私たち、

ボルテックスの中にいる状態だ

 

というのだけど…

 

 

抵抗を手放すって、しっくりくるようなこないような。

具体的にどういうこと??

 

って漠然と疑問に思っていて。

 

 

 

 

で、何故かさっき、降ってくるように

 

 

あ!

人は

そのままにしておけない感情が出てきたとき、

しょうがないから人を攻撃するんだ!

 

って急に閃いて。

 

 

 

そうしたら、

 

そっか、抵抗を手放すことって、

そのひとつの方法として、

そのままにしておくってことなのかもなー

 

 

と思いました。とさ。

 

 

覚書、おしまい◯

 

 

知ってるよ、大丈夫。

 

いつの頃からか、

 

悲しい時に 悲しむ

 

寂しい時に 寂しさを味わう。

 

そんなあたりまえのことから

 

逃げていたのだと、

 

自分に対して

 

「悲しいんだね」

「寂しいんだね」

 

「でも、大丈夫」

 

って言って、寄り添ってあげることができてはじめて知った。

 

 

 

そんなことないでしょ!こんくらい耐えろ!

もしくは

全然平気でしよ、大したことじゃないよ

 

って、悲しくて寂しい自分にそういう風に言ってた。

 

 

 

自分に優しくしていないから、人(主に身内)からいくら優しくされても、

「わかってもらえてない!」

「話聞いてもらえてない!」

って思ってたんだな〜

 

優しさは確かにいつでもそこにあったのに、その時は受け取れなかったんだ…

 

 

 

 

しつこいようだけど、

自分に優しくしてはじめて、

自分に優しくしていなかったことが分かった。

 

渦中にいるときは自覚なし。

自分のことって、本当に分からないものなんだなあ

 

そして自分に優しくしてたら、

 

世界は劇的に、私に優しくなってしまった

(今までも、優しかったけれど、優しすぎてヤバイレベルに)

 

 

世界は自分の鏡って、本当だった…

 

 

そしてそして

これからもずっと、

あ!そうだったんだ、全然気づいてなかった!

 

ってこと、沢山出てくるのだろうな

 

 

 

 

人生、楽しみです。

 

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メリークリスマス!

 

 

「やってあげる」は奴隷宣言。

 

 

吹雪の中、弾ける笑顔で登校する高校生カップルをみて、キュンとした今朝ですが

 

昨晩は久々に夫とひとモメありました。

 

仕事が詰まっている私のところに、子どもを見てくれていた夫が、子どもが泣き止まないからと連れてきたのです。

 

で。

 

おい〜

子どもみるなら、責任持ってみてよ〜

ダメになったら私にホイ、とかやるから、

最終的にはお父さんじゃなくて私が良いーってなるんだよー

 

てな不毛なことを言ったならば。笑

 

赤ちゃんとか子どもをみるって、自分の思い通りにいかなくて奴隷になるようなものでしょ。疲れる時もあるよ〜

と、夫。

 

!!!

 

えっ、子どもといること、そんな風に思ってたの…!

んじゃ、子どもみなくていいよ…誰か別な人に頼む…

 

 

 

 

奴隷…

という言葉が、妙にに引っかかりました。

 

奴隷って、支配されていて、自分には自由がないってことじゃんか…

 

 

夫いわく、

子どもを見るのは楽しいし、ずっと一緒にいるとたまにイライラしちゃうということで、奴隷という言葉に深い意味は無い

 

そうなのですが、

 

 

とにもかくにも

私がめちゃくちゃその言葉に反応した

(私がそのような行動を夫にさせた)という現象、

これは何かがある…!

 

 

 

 

で、一旦忘れてたら、ある時

 

ふっと、浮かんだのです。

 

「誰かのためにやってあげる、は奴隷になることだ…」

 

なんだこれ??

と思いつつ、探していたものはこれだなと確信めいたものが有りました。

 

で、早速考えてゆくと…

 

 

そうかあ…

 

 

 

誰かからの感謝、承認を得るため

どこかでの所属を得るため

それから、罪悪感を解消するため

 

自分の純粋な欲求からではなく、 それらの目的のために行動する全てのことは

 

目に見えない(あるいは、見える)何か(あるいは、誰か)の、奴隷になることなのだ

 

 

 

お金のため

嫌われないため

許してもらうため

 

社会のために

子どものために

親のために

誰かのために

 

心からやりたい訳ではないのに

 

 

やってあげる

 

は、

 奴隷になる宣言であり

 

そして

 

自分に対しても、全てに対しても

 

なんたるおこがましい行動なのだろう…

 

 

 

たとえね、嫌なことだって、

自分が本当にやりたいことだったら、やろうよ

(このニュアンス伝わるかしら?)

 

逆にね、嫌じゃないけど(得意なことだったりしてね)、やりたくないことをやるって、なしだよ

 

 

という…

 

 

結局のところ、いつもの話なのでした。

 

 

ま、そもそも。

純粋な欲求なのかそうではないのかを見極めるのは、今の私の目下の練習課題なのですが。

 

お久しぶりのイライラは、自分の純粋欲求探知機の精度上げてね、という、お知らせかも知れない。

 

 

 

 

自由はタイヘン

 

自由は楽しい

 

 

自分のカヌーで自前のオールで。漕ぐも手を止め流されるも、思いのまま

 

それが自由ってことなのだろうなあ

 

 

 

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イッポンでも ニンジン。

 

長女が授業「暮らしの仕事」で収穫した人参

なんだって。貴重!

どうやってたべようかなー

 

 

 

 

ダメ出しも、愛だった。

 

 

お久しぶりの、blogとなりました。

 

非常に幸いなことに、仕事に遊びにいそがしく。

 

学びも大きい毎日です。

 

 

 

昨日から、今日のこと。

 

友人が遊びに来てくれて、トランスフォーメーションゲーム(気になった方、調べてみてね)をしていて、

 

夫の動き(ゲームの動きは現実とピタリ連動している)に、ムカムカと腹を立てダメ出していた、私。

 

友人たちに、夫に期待してダメ出しし続けるなんて、忍耐力あるね!天使だね!

などと言われるも、こんなの(ダメ出しし続けるの)ほとほと嫌だな、と思いました。

 

で、今朝。

 

夫が、ついに本気で、私とは別なパートナーが欲しい!と言い出しました。

(我が家は、婚外恋愛推進中)

ダメ出ししない、信じて応援してくれる新しいパートナーが。

 

 

 

それを聞き、とてもショックだったのです。

 

エンエン泣きました。

 

何がショックだったかというと、期待してダメ出しすることの愛が、全然伝わってなかったのだなと再確認させられたこと。

 

 

 

で、気づいてしまったのです。

 

自分自身にダメ出しする自分のことが疎ましく、

そんなダメ出しするのはやめたい、と思っていたことに。

 

 

それからはまた、エンエン泣きました。

 

ごめんね、

愛に気づかなくて。

 

 

 

それは、まさに、夫にして欲しかったこと。

 

ただ、ダメ出しに耳を傾けて、そう思うんだね、考えてくれてるんだね、って言って欲しかっただけでした。

 

言い方変えろとか、

そんなこと言われるとやる気無くすとか、

そんなことではなくて…

 

 

 

やはり噂どおり、

自分とのパートナーシップが

そのまま鏡にうつしたように、外の(夫との)パートナーシップとしてあらわれているだけなのでした

 

 

 

少しだけ、自分と仲直りした、今日から

 

 

 

どのようなパートナーシップが現実に登場するのか、楽しみです。

夫が、本当に私のこと嫌になるので有れば、それはそれ。

 

とにかく仲直りした本当の自分に、

 

ほんとうは、どうしたいの?

 

を、今までよりもっと、マメに、耳をすませて(心をすませて?)聴いてゆこうと思います。

 

 

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そんなこんなで、夫にも。

 

期待とダメ出しを突っぱねていたのはあなたではなくて、私自身でした、ごめんなさいm(._.)m