「わからない」を言わないでみる。

以下、メモです、

完全なる自分の覚書。

 

 

 

なんであの人はあんなことするんだろ?

 

信じられない、

 

「わからない」

 

 

は、かつての私の、口癖。

 

 

 

 

わからない を わからせてくれるのが神さまの優しさ

 

だから 「わからない」 は そのまま カルマに!

 

次回生まれる時は

 

その わからないこと を 体験できるように計らってくれる らしい

 

で、

色んなカルマがあるけれど

 

「わからないカルマ」はもう積みたくないなと、思う次第。

 

色々と考えてみると

 

わからないなんて嘘で

 

わかるのだ、その人をよく観ると、よく考えると…

 

そうそう

例えば、あの人。

 

 

なんでそんなに、自分の幸せの主導権を人に握らせることができるのか?

「あなたがいることだけが私の幸せ」って、2人の関係に波風立てないように本音も相手に伝えず我慢の日々…

 

 

って、何だ〜〜〜〜???

ソレ、幸せ?

単に相手に自分を好きでいさせたい(コントロールしたい)望む未来を得たい(こちらも結果のコントロール)ってことじゃない?

それって、実は最高に自己中!

 

 

ってなってたけど。

 

 

 

私は、嫉妬され、執着され、「君がいることだけが僕の幸せ」を10年以上一身に受けて、

そう、つまり

愛してるという名目のコントロールを一身に受けて

それが嫌になった人

 

 

方や彼女は

 

 

愛した人にことごとく去られて、たまに愛されたかと思うと暴力をふるわれ

 

 

 

そんな人生を送った彼女は今度こそ!と、一生懸命に「あなたがいることだけが幸せなの!あなたのためなら私、何でもするわ!自分のことはいいの。我慢するわ!」って、それが幸せって、思ってる。

…ね

私が、彼女だったら、それ、幸せと思うよな。

大好きな人と、家族でいること。

波風立たない生活。

 

 

 

私の背景では考えられないこと。

でも

彼女の背景では、ごく当たり前のこと。

 

 

 

と、このように。

わからないを やめてみる。

 

 

 

すっっごく

 

面白いかも。

 

 

 

 

「嘘も方便」が、化石になった。

タイトルに、いきなり結論を書いてしまった。

 

 

嘘も方便

 

 

私の理解だと

本当のことを言ってその場の空気を乱さないこと

それはみんなのためになる〜

とか

その嘘では誰も損せず、逆に誰かのためになる〜

的な。

嘘も方便って、そういうことかなと、思っているのだけど。

 

 

時は流れ、

とにもかくにも「信用」の時代になってしまったみたい。それに伴い、「嘘も方便」、化石化していないかな?

 

今って

信用がなければお金も巡ってこないし、

信用できるということが愛情を感じるモトになっているような気がする

 

自分の意見を飲み込み

本音も飲み込み

本意とは若干、違うことを言う(する)

それは、まわりのみんなが気持ちよく暮らせるように…?

 

 

いやいや、

そもそも

 

自分の意見や本音を飲み込まなくちゃ

本意と違うことをしなくちゃ

そんな場所にいても

もはや

お金も来ない(生活できない)し

愛されることもない

 

そんな世の中にシフトしているのだと、おもう。

 

だからとにかく、

 

自分のために、全ての人のために

 

嘘つかなきゃだめな場所からは

極力、身を引きましょうってことなのだ、よね?

西野さん!

 

https://youtu.be/hD64Qb65RTk

 

 

素晴らしい、

革命のファンファーレ、最後は号泣して読みました

 

 

正直は何故いけないの?

 

って、子どものころから、悩んで(笑)きたけど。

 

ただ、自分をぴったりの場所に置いてあげる覚悟ができてなかっただけで

正直者で、良かったんだ。

そのままで、ね。

 

 

西野さん、勇気を、ありがとう。

自分の目、他人の目、天の目

今朝、湯船に浸かりながら

 

あーなんで一生懸命、寝る時間削って働いても

お金に余裕ができないのかなー

 

なんで元夫は子ども3人分の養育費払ってくれないんだろ

この家事育児の労働量、1人につき10万くらいもらっても良いのでは〜

(学費は払ってくれてますし、細かな諸々も。なので正しくは養育費全くなしではない)

 

なーんて思ってたら、

 

はっっ!

 

と、閃いた。

 

 

元夫が、とか、誰がくれるとか、どっから来るとか、関係ないよね、

お金が回ってくるってことは

神さまが、私の存在にお給料くれるわけで。

 

 

 

で、今の私。

 

不平不満、愚痴、泣き言、心配、焦り

 

 

神さまの意思に背くようなこと、言ってませんか?

してませんか?

 

 

言ってる!

「可哀想な私」やっちゃってる!

傍迷惑、

地球迷惑!

 

 

誰に殺されかけようが、

無視されようが、

そしてどんなに自分が辛かろうが、

 

神さまの意思に反抗しては、お給料もらえるわけがない

(そう、優しい優しい神さまは、困るようなことを起こして気づかせようと一生懸命なのだ)

 

 

 

 

死にたいくらい辛かった

 

過去のこと 色々

湧き上がってくる恐怖

カルマ

 

 

で?

だから、何だ?

 

 

 

今、私が、幸せでいること。

 

それだけを神さまは、願ってる。

 

世界中のみんなが自分を大切すること、

神さまはずーーーっと

願ってくれている。

ずっとずっと、

ギフトを与え続けてくれている。

 

 

神さまの優しさに

ツバかけてちゃ、ダメだ。

 

 

 

 

(この日記の注意)

 

 

これは決して重い話でも、

誰かや自分を責めたりするものでもありません。笑

 

ただただ

気づいて、ハッとして、ホッとした、

というだけのお話です。

 

 

 

そ。

頭(脳)に任せず、

リラッスして、楽しくがんばりましょう。

という、お話なのでした。

 

ほらほら〜がんばれるチカラ、湧いてくる♡

 

 

 

お母さん。

何はなくとも。

そう、完璧でなくとも

いやむしろ、全然ダメダメでも

 

幼い子どもから見た母親は

 

賢く、綺麗で、

とっても素敵なのだ

 

なー

 

素晴らしいことだ!

失敗の、意味。

 

自分の行動(do)で自分を認めるのではなく、

あり方(be)で、ありのままの自分を認めること。

 

間違いを犯してもなお
そのままの自分を、愛せるか?

そこにyesが出せたとき


見ている世界が変わる

 

 

 

 

 

 

体験談からいくと

失敗した自分を責めずに、

罪悪感に逃げ込まずにしていたら、

世界が、美しくなった

 

醜いアヒルの子は

実はグレーの美しい子

 

「醜いアヒルの子」を世界につくりだしているのは

これが美しさ

という、私の思い込み

 

 

失敗する自分

その行動を、あり方を

 醜いと思っていたのかも知れないな

 

 

醜いものが

世界から、どんどん消えてゆく

 

 

 

ああ、世界はなんて

 

美しいんだろう。

 

だから!大切にされてるんだってば!

最近ふと思ったこ

 

も、もしかして…

 

 

みんな、傷つくこと、悲しむこと、苦しむこと、

 

避けたいのかな?

 

 

 

それだもの…

 

話が噛み合わないときもあるはずだ!笑

 

 

 

 

 

 

 

傷つくとき、悲しむとき、苦しむときは

 

ホントの自分とであい、

 

そのままでいいよ!

 

と、ぎゅっと抱きしめてあげるチャンスなの。

 

 

 

だから、全ての感情はオッケーなのです。

 

恐れることは、何も ないんだ、よね。

 

ホントはね。

(恐れは、勝手に出てきちゃうけど!それさえ、ギュッとしてしまおう)

 

 

今日も良い日。

 

無事にひとつ、歳をとれた。

 

生きてるだけで、百点満点○

大切にされている。

大好きなひとから

 

大切にされていない

 

と、感じるとき

 

 

 

試されているな、と

おもう

 

 

誰から?

 

神様から。

 

 

 

 

それでも、そのひとに対する

私の中に流れる

 

変わらぬ穏やかな愛情を感じられるか?

 

 

要するに

 

 

それでも、ありのままの自分に

 

そのままでいいんだよ

 

と言ってあげ、抱きしめてあげられるか。

 

 

 

大好きなひとに大切にされない自分に

 

がっかりすることなんて、ない。