お母さん。

何はなくとも。

そう、完璧でなくとも

いやむしろ、全然ダメダメでも

 

幼い子どもから見た母親は

 

賢く、綺麗で、

とっても素敵なのだ

 

なー

 

素晴らしいことだ!

失敗の、意味。

 

自分の行動(do)で自分を認めるのではなく、

あり方(be)で、ありのままの自分を認めること。

 

間違いを犯してもなお
そのままの自分を、愛せるか?

そこにyesが出せたとき


見ている世界が変わる

 

 

 

 

 

 

体験談からいくと

失敗した自分を責めずに、

罪悪感に逃げ込まずにしていたら、

世界が、美しくなった

 

醜いアヒルの子は

実はグレーの美しい子

 

「醜いアヒルの子」を世界につくりだしているのは

これが美しさ

という、私の思い込み

 

 

失敗する自分

その行動を、あり方を

 醜いと思っていたのかも知れないな

 

 

醜いものが

世界から、どんどん消えてゆく

 

 

 

ああ、世界はなんて

 

美しいんだろう。

 

だから!大切にされてるんだってば!

最近ふと思ったこ

 

も、もしかして…

 

 

みんな、傷つくこと、悲しむこと、苦しむこと、

 

避けたいのかな?

 

 

 

それだもの…

 

話が噛み合わないときもあるはずだ!笑

 

 

 

 

 

 

 

傷つくとき、悲しむとき、苦しむときは

 

ホントの自分とであい、

 

そのままでいいよ!

 

と、ぎゅっと抱きしめてあげるチャンスなの。

 

 

 

だから、全ての感情はオッケーなのです。

 

恐れることは、何も ないんだ、よね。

 

ホントはね。

(恐れは、勝手に出てきちゃうけど!それさえ、ギュッとしてしまおう)

 

 

今日も良い日。

 

無事にひとつ、歳をとれた。

 

生きてるだけで、百点満点○

大切にされている。

大好きなひとから

 

大切にされていない

 

と、感じるとき

 

 

 

試されているな、と

おもう

 

 

誰から?

 

神様から。

 

 

 

 

それでも、そのひとに対する

私の中に流れる

 

変わらぬ穏やかな愛情を感じられるか?

 

 

要するに

 

 

それでも、ありのままの自分に

 

そのままでいいんだよ

 

と言ってあげ、抱きしめてあげられるか。

 

 

 

大好きなひとに大切にされない自分に

 

がっかりすることなんて、ない。

 

 

嫉妬?

見切り発車ですが

 

思いついたので、とりあえずメモがてら書きます。

 

 

 


ひとから恨みをかうってのは

嫉妬される、

ってことなんだ。

 

そんなこと、すべきではない

 

は、根本的には

オレだってやりたいのに
オマエだけやってずるい

だしね。


そう、嫉妬は

 

ずるい

 

って気持ちで、


その根底には


オレのこと見て欲しいのに!
大事にしてほしいのに!
ムキーッ!


があって、

 


それは自分自身からの、メッセージ。

 

おーい、

人の目ばかり気にしてないで

今ここじゃないとこばかりみてないで

 

自分自身のこと、みてよー

大切にしてよー

 

っていう、こと。

 

 


だとすると…

 

 


私だけじゃなく、
みーんな、そうなんだ♡


あー、安心。笑

 

 


とりあえずは

自分をたいせつにいこ。

共有。

「あなたとこれを、共有することはできない」

 

と言われたとき

 

あ、それを私にさわって欲しくないんだな

とだけ分かって、

触れないように、離れようとおもった。

 

 

 

でも…ふと、思った

 

 

共有って

所有って

 

なんだろ。

 

 

 

 

全てのものを

全ての存在で

共有している

 

本当に、そうでしかない

 

 

 

私は、そう思っている。

 

のだな。

 

 

 

 

 

ちなみに、

 

矛盾してるようだけど、

 

「これ私の!触らないで!」

「これ私の!食べないで!」

 

とか、よくあります。(笑)

 

 

でもそれは、「所有への執着」とはまた別のことなのです。

単なる(笑)そのときの感情であって、取るに足らないこと。

 

色即是空、空即是色。

 

なワケだしね。

 

 

せっかく地球に生まれたのだから

 

 

物質も感情も、

 

楽しみましょう◯

 

 

今日も、よい日。

 

しあわせになることを、ゆるす。

あるところで、パラパラとめくっていた本に

 

「イヤな人」は、存在しません。あなたが、ある人を「イヤな人と認定している」のです。

 

とあり。

 

そうそう、そうなんだよね、

起こっている現象はフラットで

自分の価値観で

それをどう認定するかなのだ。

 

 

 

 

なんて思ってたら

 

 

突然

 

 

 

 

すごい言葉(自分的に)が

降ってきました よ。

 

 

 


ひとを嫌っても

ひとを羨ましがっても

そのままでしあわせに、なれる

だから、

自分を責めることだけはやめて

さっさとしあわせになろう

 

 

 

 

あらら。

 

しあわせになることをゆるす

 

って、こういうことかあ、もしかして。

 

で、

 

自分にゆるして、なかったのか

 

と。

 

だから、

人を嫌ったり羨ましがったりしてる人をみて

 

何やらざわざわしていたのか。

 

 

 

 

 

自分の世界のことは、全てが、自分のせい。

 

イライラするのも、羨ましがるのも。

 

攻撃されることも、理不尽な対応されることも

自分がそうと受け取らなければ、ない。

他人に、自分の世界を変える力は、ない。

 

 

 

の、上で、

 

 

 

イライラする自分、羨ましがる自分、

凹む自分、悲しむ自分、

 

のままでも

 

しあわせになっていいよ◯

 

の許可を、自分に出すということ。

 

 

 

自分をゆるすこと、

 

少しずつ、わかってきたような気がします。

 

ゆっくりゆっくり。

少しずつ少しずつ。